Sony FS700RとOdyssey7Qで忍者映画『虎影』を撮る
<ビデオSALON 2014年11月号に寄稿>
去年『ZOMBIE TV』というゾンビばかり出てくるオムニバス作品をソニーのNEX-FS700Jで撮影し、その時の状況を『4K&デジタルシネマ映像制作』というムック本の中でレポートさせてもらったが、その『ZOMBIE TV』で総監督をつとめていた西村監督と今年の春先、今度は忍者映画を撮ることになった。今作品も限られた予算での撮影だったのだが、幸いメーカーと代理店からのご好意で、バージョンアップしたFS700“R”と、コンバージェントデザイン社の新製品Odyssey7Qを外部収録機としてお借りすることができ、作品を無事撮り終わることができた。ここではその時の制作状況を、撮影現場での収録体制を中心にレポートしたいと思う。
“NEX-FS700R”
これまで『ZOMBIE TV』以外にも、FS700を使って映画やTVドラマなど色々な作品を撮ってきたが、FS700は70万円前後という比較的低価格ながらも機動性・操作性・拡張性に優れ、こちらの要求にかなり応えてくれる優秀なカメラだ。強いて不満な点をあげると、カメラ本体での収録方式が8bit 4:2:0のAVCHDコーデックなので収録素材が色情報量的にやや乏しいところだろうか。合成作業やグレーディングなどポスプロである程度の加工処理がなされる場合、8bit 4:2:0だと色の破綻やノイズの発生が起こりやすい傾向にあるので、できれば外部収録によるApple ProRes422コーデックなどでの高画質収録をしたい。特に今回は劇場公開予定の作品だったで、なるべく大画面にも耐えうるクオリティで撮影し仕上げる必要があった。
バージョン3から4K/2K RAW出力対応となったFS700。ソニー純正のRAW収録システム<HXR-IRF5 + AXS-R5>を使えば、高画質12bit RAW撮影が可能になるというのは確かに魅力だった。だが、専用メディアまで含めるとレンタルでも結構な出費を伴う上、現場での取り回しが面倒で機動力が落ちる懸念もあり、さらに撮り終わった素材データも膨大な量になるこの方法は、低予算体制の作品にはかなり敷居が高い気がした。
RAWで撮影を行う場合、ポスプロ環境もそれなりにきちんと対応している必要がある。『虎影』のポスプロは、合成や音楽・MAなど音関係、最後の本編仕上げ以外の作業は西村監督がFinal Cut Pro7を駆使し極力自分で行い、グレーディングは照明技師の太田君が自宅のDaVinci Resolveで行うという体制だったので、素材データ容量的にもあまり負担を掛けられない状況であった。ブラックマジックのBMCCやBMPC4Kカメラを使った時にも感じたが、Logガンマを使ってHD ProRes収録するくらいが画質的にも満足でき、自宅でのポスプロ環境的にも問題の少ないバランスのいい制作体制ではないかと判断した。
“S-Log2ガンマ”
FS700はバージョン3からS-Log2ガンマ設定も追加され、これによってダイナミックレンジ1300%(14ストップ相当)での撮影が可能になった。今回の作品で西村監督は昔の時代劇映画のようなフィルムで撮った感じを求めていたので、この新機能は大いに役立った。正直、これまでFS700などで撮影した際、例えCineガンマを使ってもソニー独特の少しビデオっぽいルックがどうしても出る傾向にあったのだが、S-Log2ガンマの広いダイナミックレンジのお蔭で調整範囲がさらに広がり監督の狙いのルックに近づけやすくなったからだ。Logで撮影すると、コントラストと色味が低い状態で映像が記録されるため、ポスプロでのグレーディング作業が必要になる。グレーディング体制が整っているのであれば、このS-Log2ガンマを活用しない手はない。
Logで撮影する時の絞りの決め方だが、『虎影』の場合、アクションの時は絞りF5.6、シリアスな芝居で少し背景をボカしたい場合などはF2.8などと、そのシーンでの基本の絞り値を決め、撮影・照明部がライトメーターで光量を計って確認し、あとは各ショットごと、ハイが飛んだり暗部が潰れたりしないようカメラやモニターの波形を見ながら微調整して決めていくのが基本的な方法。アクションの時などはシャッター速度を上げたりするので、その場合は波形が前後のショットと同じ様に収まればOKと考えて、絞りを変えたり、NDを入れたり外したりとカメラ側で細かく変更することも行った。
Log撮影の場合、標準(Rec.709)のコントラストや色味の状態でモニタリングしたければ、モニターのLUT(ルックアップテーブル)機能を使ったりするわけだが、『虎影』の現場では、撮影初日に見え方の違いを監督や照明技師などと確認した後は、照明、セット、衣装メイク等の色味などをチェックしたい時にカメラのピクチャープロファイルを0FF(スタンダード)にするくらいで、撮影時のモニタリングは常にLog状態のままだった。
FS700の場合、ガンマをS-Log2に設定すると最低感度はISO2000となり、若干ノイズが目立つようになる。もし気になるようなら撮影時に半絞りほどやや明るめに撮っておいて、グレーディング時に全体を少ししめる(暗くする)ようにすればノイズも軽減できるが、多少のノイズ感は昔のフィルム粒子っぽい感じになるので、今回の作品では効果的に活かされている部分も多い。ISO2000だと通常時の標準感度(ISO500)より2絞り(内蔵ND1/4)分明るくて、室内や夜のシーンの時などは光量が稼げて助かったが、昼間の屋外シーンでは、内蔵NDを1/64(最大)まで使っても絞りがF5.6~11くらいになってしまったので、レンズのボケ味を活かした絵作りをしたい場合などは追加でNDフィルターが必要だった。
“外部収録機”
FS700用での手頃な外部収録機としては、Atomos NINJA2やSAMURAIなどがあり、小型軽量ながらProRes422(HQ)収録などが可能で、RECトリガー機能もあり、小さいながら5インチのモニター画面付きと便利で、これまで何度か使用してきた。ただ、これら多くの外部収録機は1080/60p信号に非対応*で、60fps以上のハイスピード(HS)撮影時の収録ができず、西村作品で多用する60fpsや、FS700が得意とする120/240fpsのHS撮影時に外部収録ができないのが残念な点だった。
*Ki Pro Quad、ソニー SRMASTERなどの高額な外部収録機は対応。ブラックマジック Ultra Studio 3DとMac Book Pro等を使う方法もある。最近発売されたAtomos SHOGUNは120pにも対応。
そんな折り、コンバージェントデザインからRAW収録対応の新しい外部収録機が発売され、1080/60pどころか120fps/240fpsのHS撮影にも対応するという噂を聞き、今回の撮影にはその収録機がまさに理想的と考えた。早速、代理店のテクノハウスさんにそのデモ機の借用をお願いしたところOKが出たので、今回の撮影でかなり期待をしての現場投入となったのだが、結論から言うと、デモ機はまだ初期バージョンで、1080/60p収録や、後述する“4K RAW to HD”モードには未対応だったため、本来持つ性能を完全に試すことができなかったのだが、それでも現場では十分役立ってくれた。
“Odyssey7Q”
Odyssey7Qは高画質デジタル収録機であると同時に、撮影現場における監督、カメラオペレーター、フォーカスマン用などに使える高性能なフィールドモニターでもある。7.7インチ 1280x800の有機ELパネルに映る映像は鮮明で見やすく、タッチパネルによる画面入力で操作は簡単。波形モニター、ゼブラ表示、フォーカスアシストなど現場で必要な様々なアシスト機能、カメラと連動するRECトリガー機能、RAW/Log収録時にRec.709状態での映像確認ができるモニタリングLUT機能(ARRI、Canon、SonyのLogに対応)などもある。SDI、HDMI入出力対応。消費電力は低く(モニター&収録時で9~15W)バッテリーの保ちも良く熱も出さない。ソニーのLバッテリー(NP-F970で3-4時間)、Vマウントリチウムなら軽く1日はもつ。大きい画面の割に薄く軽く(560g)持ちやすい。モニター機能面でここまで充実している外部収録機もそうそう無い。
Odyssey7Qの収録方式には、FS700Rと組み合わせた場合、①4K RAW ②2K RAW ③4K to HD ④HD DPX ⑤HD ProRes 422と5つのモードがあり、それぞれ解像度、圧縮方式などが違う。ちなみに、①②③での収録を行うには<FS700オプション>というRAW対応のためのライセンス購入(期限なし版)*が必要となる。 *¥96,000(税別)@システムファイブ(FS700オプションのレンタル版はない)
今回の『虎影』の撮影では⑤の“HD ProRes 422”モードでの収録を行った。仕様では10bit ProRes 422(HQ)HDで記録されるとあるが、これはFS700のSDI(またはHDMI)端子から出力される8bit 4:2:2 非圧縮のHD信号をProRes 422(HQ)フォーマットに収録する方法で、事実上、8bit ProRes 422(HQ)と同じ収録状態だ。8bit 4:2:2で記録された映像は、カメラ本体でのAVCHD(8bit 4:2:0)収録に比べてディテール部分がより細かく再現され、合成処理やグレーディング作業などポスプロでの加工処理がしやすくなる。S-Log2/ISO2000設定で撮影する今回の現場(FS700はHS撮影時にノイズが増幅する傾向にある)では、Odyssey7Qの1080/60p対応に期待したのだが、前述のようにデモ機での対応には間に合わず、HS撮影の時はカメラ本体でのAVCHD収録となってしまったのは残念だった。
<チャート①:Odyssey7Q + FS700 収録方式>
“4K RAW to HD”
今回、Odyssey7Qのバージョンアップが間に合わず、現場で試せなかったもう一つの機能(残念度で言うとこちらの方が大きい)に“4K RAW to HD(4K2HD)”収録モードというのがある。これはFS700の4K RAW(12bit)出力信号をOdyssey7Q側で変換し10bitの ProRes 422(HQ)状態で記録してしまうというもの。8bitのHD信号からではなく、12bitの4K RAW信号から10bitのHD信号へダウンサンプリングするので、事実上8bit 4:2:2状態で記録している“HD ProRes 422”収録よりも格段に高画質(よりシャープなディテールと豊かな階調表現)が得られることになる。収録に要するメディア容量はHD ProRes収録の場合と全く変わらず、少ないデータ量(4K RAW収録時の約8%、2K RAW収録時の約25%)で済ますことができる。
<チャート②:Odyssey7Q + FS700 収録可能時間>
ガンマもS-Log2以外にRec.709やRec.709 800%など他の設定も選択できる。60fpsまでならリアル10bit ProRes HD収録でのHS撮影も可能だ*。コスト(時間&経費)と品質(画質)のバランスから考えると、この<FS700R + Odyssey7Q “4K RAW to HD”>収録が、今のところ、最も実用的かつ経済的な収録方法の一つと言えるのではないか。今後は他のカメラの場合でも、この“4K RAWからHDへのダウンサンプリング収録”という考え方が注目されるのではないだろうか。
*120fps/240fpsのHS撮影がしたい場合、4K/2K RAWモードにすれば収録可能(一部制限あり)
<チャート③:Odyssey7Q + FS700 連続収録可能な最大フレームレート>
現状、自主映画、低予算映画の現場において4K体制で製作できるところがはたしてどれだけあるだろう。短編ならまだしも長編作品となると、4K対応のカメラ自体は入手できたとしても、高価な記録メディアや膨大な収録データへの対応ができず、4K収録どころかHD/2KでのRAW収録も難しいというユーザーがまだ殆んどというのが実情ではないだろうか。この10月、ソニーから4Kカメラ<PXW-FS7>(4K XAVC本体収録が可能)が発売となり、間違いなく低予算体制の現場に一石を投じることになるだろう。とは言え、先輩機であるFS700の活躍の場は、Odyssey7Qなどの新型外部収録機と組むことにより、低予算の現場などでは今後もまだ残っていくに違いない。
『虎影』テクニカルデータ
カメラ:Sony NEX-FS700R, PMW-200, GoPro HERO3
レンズ:Sigma 10-20mm F3.5, 24-70mm F2.8, Canon 70-200mm F2.8,
Sony SEL18200, SEL1010, SEL1670Z, Rokinon 24/35/85mm T1.5, Speed Booster
外部収録:Convergent Design Odyssey7Q, Atomos Ninja2
編集ソフト:Final Cut Pro 7
グレーディングソフト:DaVinci Resolve 11
上映フォーマット:2.35:1(シネスコ)
作品紹介『虎影』
特殊造形、残酷効果の第一人者、西村喜廣監督の最新作は忍者映画。
主演は斉藤 工。共演に津田寛治、しいなえいひ、芳賀優里亜。
2015年公開。